美学・哲学・悪魔学・詩集


by novalis666
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形而上学的〈風〉についての考察 -Ⅹ 風の孵化


Ⅹ 風の孵化




 ゼロの構造はパルメニデスの〈一者〉([希]hen)の如く球体的である。球体は中心と外周への二極化において成り立つ。この二極化をもたらすものは半径(radius)であることはいうまでもない。

 半径は中心を外周から分離させ引離す。半径は連続量であり、連続的距離([希]diastema)として表象される。しかし、これを別の面から見れば、これはむしろ切断であり、不連続的距離([希]apostase アポスターズ)である。

 ゼロは本来的には0=∞である。しかし、これを0≠∞にするような切断が外から到来する。それが風のπである。

 われわれはここでオルフェウス教の神話を想起する。黒い翼をもつ夜の女神(レダないしエウリュノメ)の産み落とした銀の宇宙卵を風神オフィオンが蛇形となって孵化させ、それによって天地とエロスとが誕生するといわれる。この神話では、宇宙卵はリグ・ヴェーダのそれのように内発的自発的に割れるのではなく、外からの触発によって破砕される。
 同様の創造のカタストロフィ論はより悲劇的な形でルーリアのカバラの〈容器の破砕〉の思弁にもみられるものである。

 リグ・ヴェーダの場合、孵化を誘発するのは時間の時熟またはその内部のブラフマンの自覚である。この場合、出来事の他性は消されてしまっている。
 ゼロは宇宙卵ということができるが、宇宙卵を始まりに仮定したとしても、それが何故割れたのかということを説明することはできない。割れるという出来事そのものは、宇宙卵には還元不可能な外異性としてどうしても残ってしまう。

 むしろ風こそが宇宙卵としてのゼロの観念を生み出す。
 〈間〉という決定不能な場所は、天地創造の時の切り離しの瞬間に生じる。
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by novalis666 | 2005-02-01 06:45 | 考察