美学・哲学・悪魔学・詩集


by novalis666
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カテゴリ:行為の出来( 3 )

[承前]

 〈出来る/出来ない〉というとき、
 われわれは己れを可能的行為者として立てながら、
 行為能力の帰属について話をしている。
 つまり出来事を自己の能力において
 所有するか所有しないかを語っているといってよい。

 これは可能的な出来事の可能的な行為化である。
 或いは寧ろ、
 可能的な出来事を現実的に引き起こす(行為する)ことなく
 その可能的な行為者(行為能力者)として
 己れに引き受ける(帰属させる)ということである。

 わたしは出来る、というとき、出来事はわたしから出て来る。
 他方、わたしは出来ない、というとき、出来事はわたしから出て来ない。


 しかしまたこれを飜して次のように言い換えることもできるだろう。

 わたしは出来る、というとき、出来事からわたしが出て来る。
 他方、わたしは出来ない、というとき、出来事からわたしは出て来ない。


 後ろの言い換えられた定式は、前のものと比較して明らかに意味が違っている。

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by novalis666 | 2005-10-25 00:30 | 行為の出来
[承前]

 出来事を有り得させるためには、
 その由来の説明が出来事に付加されねばならない。
 由来不明の出来事は不可解である。

 出来事についてその由来の問いは必然的に伴って起こる。
 如何にしてそして何によってその出来事は
 まさにそれがそうあったとおりに有り得たのかをわれわれは知ろうとする。

 出来事は単に現実的事実的に出来するだけではなく、
 再びそれが可能性の中心から説明的に因果的に出来することが
 出来なければならない。
 さもなければそれは出来しない出来事、
 出来ない出来事、出来損なった出来事、
 出来の悪いまたは出来上がらない出来事であるしかない。
 出来事は出来上がらねばならない。

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by novalis666 | 2005-04-01 02:03 | 行為の出来
 出来事は出来する――というより、それは何処からか出て来る。

 出来事(event)とは出て来る事である。
 それが人から出て来ると看做される場合、出来事はその人に帰属する。
 人から出て来る出来事をわたしたちは「行為」(action, deed)と呼んでそう看做す。
 そこで、行為は行為者(agent)に帰属せられた出来事であるといえる。

 しかし一方、現実に具体的な行為者に出来事が帰属されていなくとも、
 或る出来事が行為であるかそうでないかは
 社会的経験的な現実原則によってほぼ予め決定されている。

 経験的に行為であることが確定している多くの出来事がある。
 そして、行為であるからには、それは何らかの行為者に帰属させねばならない。

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by novalis666 | 2005-04-01 02:00 | 行為の出来