美学・哲学・悪魔学・詩集


by novalis666
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 不可能性の問題は、九鬼周造の『偶然性の問題』の〈後ろの正面〉に伏在する形而上学的悪魔の問題であるという風にも考えられる。

 この形而上学的悪魔は、『偶然性の問題』と同じ1935年に出版された夢野久作『ドグラ・マグラ』の有名な巻頭歌に、いわば〈恐れイリヤの鬼母子神〉として生々しく表現されたものと別ではない(cf.レヴィナス『実存から実存者へ』等:非人称のイリヤ il y a)。

 《胎児よ 胎児よ 何故躍る 母親の心がわかって おそろしいのか》と夢野は書いている。
 『偶然性の問題』と『ドグラ・マグラ』が同じ年に出版されたのはただの偶然で済まされる問題ではない。

 『ドグラ・マグラ』が黙示録的に曝露するのは、〈偶然〉などは「有り得ない」という〈悪魔の必然性〉としての不可能性の問題の削除不能なその伏在であるからだ。c0012656_1345445.jpg

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by novalis666 | 2005-04-01 07:26 | 悪魔学

主への祈り

 イエス様。僕は十字架が嫌いです。
 どうしてあなたは二千年もの長い間
 そんな恐ろしいものに釘付けにされたままになっているのか
 僕には分かりません。痛いでしょうねえ。苦しいでしょうねえ。
 どうしてみんな黙ってみているんでしょう。ひどいじゃないですか。

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by novalis666 | 2005-04-01 02:14 | 小品
[承前]

 出来事を有り得させるためには、
 その由来の説明が出来事に付加されねばならない。
 由来不明の出来事は不可解である。

 出来事についてその由来の問いは必然的に伴って起こる。
 如何にしてそして何によってその出来事は
 まさにそれがそうあったとおりに有り得たのかをわれわれは知ろうとする。

 出来事は単に現実的事実的に出来するだけではなく、
 再びそれが可能性の中心から説明的に因果的に出来することが
 出来なければならない。
 さもなければそれは出来しない出来事、
 出来ない出来事、出来損なった出来事、
 出来の悪いまたは出来上がらない出来事であるしかない。
 出来事は出来上がらねばならない。

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by novalis666 | 2005-04-01 02:03 | 行為の出来
 出来事は出来する――というより、それは何処からか出て来る。

 出来事(event)とは出て来る事である。
 それが人から出て来ると看做される場合、出来事はその人に帰属する。
 人から出て来る出来事をわたしたちは「行為」(action, deed)と呼んでそう看做す。
 そこで、行為は行為者(agent)に帰属せられた出来事であるといえる。

 しかし一方、現実に具体的な行為者に出来事が帰属されていなくとも、
 或る出来事が行為であるかそうでないかは
 社会的経験的な現実原則によってほぼ予め決定されている。

 経験的に行為であることが確定している多くの出来事がある。
 そして、行為であるからには、それは何らかの行為者に帰属させねばならない。

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by novalis666 | 2005-04-01 02:00 | 行為の出来